私はその類(たぐい)ではない

「数」とは何か、そしてそれはどうあるべきか

プロコル・ハルム訳詞『青い影』:セクハラは共同体のメンバーが不可避的に抱え込んでしまう宿痾であり、この不治の病を完治するためには、人は共同体のメンバーとしては死ぬ必要がある

曲が軽めのファンダンゴに変わったので
僕らは踊るのを止め
代わりにダンスフロア中を側転して回った

フロアに集まった大勢の人たちは
僕らにもっと続けるようにとせがんだが
僕は船酔いしたような気分だったので止めておいた

テーブル席に着いて休んでいると
ダンスルームには嫌な匂いが立ちこめており
しかもその匂いは徐々に強くなってきた

すると驚いたことに
いきなり部屋の天井がどこかに吹っ飛んで
新鮮な空気が入ってきた

さらに奇妙なことには
僕らが酒のおかわりを頼むと
ウエイターが持ってきたトレイからは
そこにあったはずの酒がすべて消えていた

そしてそれが起きたのは
ダンスパーティが済んだ後のことだった
バンドに代わって舞台に上がった漫談家
ある有名な艶話(つやばなし)を語ったとき
(てっきり彼女も他の聴衆と同じく笑うだろうと思っていたのに)
初めは幽霊のようだった彼女の顔色は
さらに蒼白へと変わっていった


訝る僕に対して彼女はこう言った
「別に訝ることないでしょ、真実は見たまんまだから」
僕は自分の切り札のうちどれを使うべきかと迷い続けていた
僕は彼女を
岸へと向かう(30歳になるまで性交渉を禁じられるという)
16人のウェスタの処女のうちの一人にはしたくなかったのだ
僕の両目は開いていたが
それらは実際には
(彼女を肉体的に征服したいという欲望によって)
ずっと閉じられていたのかもしれない

彼女は言った「上陸許可が出たから家に戻るわ」
実際には僕らはまだ海の真っ只中にいるというのに!
だから僕は彼女を鏡の前まで連れていき
彼女に同意を強いるためにこう言った
「見ろよ、君はネプチューンを欺いた人魚なんだろ!」
だけど彼女は
とても哀しそうに僕に向かって微笑むだけだった
するとなぜか
僕の猛り狂った怒り(性欲)は急に消えてしまった

「音楽が愛の糧(かて)ならば
さしずめ笑いはその女王だ
そして同様に
後ろが前なら
卑猥な言葉は実は清く正しい」

僕がそう口にしたとたん
段ボールのようになってしまった僕の口は
僕の頭から一気に滑り落ちたように思えた

そして僕らは
真っ逆さまに急速潜航し
海の底へと達した


訳詞解説:

セクハラ関連の暗い話題が絶えない今こそ、私は次のように強く主張したい。セクハラは共同体のメンバーが不可避的に抱え込んでしまう宿痾であり、共同体の内部では完治できない。この不治の病を完治するためには、人は共同体のメンバーとしては死ぬ必要があると。

さて、『青い影』という、この難解で知られる曲/詩を翻訳してみようと試行および思考した結果、私は次の結論に達した。すなわち、この詩は、「エロス(セックス)を超えた他者への愛または他者からの愛」が厳然として存在することを、性欲で目の眩んだオトコどもに向けて静かに諭す「アンチ・エロス(セックス)ソング」なのではないかと。

そもそも、ブルース~ソウル~ロックの楽曲の99%は「ラブソング」といえば聞こえは良いが、実際にはそのほとんどは「エロス(セックス)礼賛ソング」だ。例えば、ツェッペリンの『天国への階段』も、煎じ詰めれば性交を「全即一かつ一即全」なる聖なる合体として賛美する単なるエロス賛歌だ。これに対して「アンチエロス(アンチセックス)ソング」は、ロック音楽というカテゴリー内には滅多に存在しておらず、すぐに例が思い浮かばない。その意味でも本作品は貴重だ。

本作品の解釈に先立って、冒頭の有名な「ファンダンゴをスキップ(♪スキッパーらに餡団子を♪)」するくだりの前に挿入されるべき導入部として、次のような仮定を置くことにしよう。

(語り手である)「僕」は「彼女」と豪華客船上のダンスパーティーで初めて出会った。彼女は文字通り「どこからともなく現れた(came out of nowhere)」。僕らはすぐに意気投合し、ダンスフロアの舞台上でバンドが演奏するハードなロケンローにあわせて、二人で激しくダンスを踊りまくった。そして、その後、バンドの演奏する曲が軽めのファンダンゴに変わったので、僕と彼女は踊るのを止めた。


この詩が全体として謎めいているのは、

  1. 部屋の嫌な匂いが強まったら、いきなり天井が吹っ飛んだ
  2. おかわりを頼んだら、ウエイターが空のトレイを運んできた
  3. 僕の口が段ボールのようになり、頭から滑り落ちた

これらの摩訶不思議な現象が発生した理由について何も触れられていないからだ。その理由について、さらに考察(妄想?)を重ねた結果、私は最終的に次の仮説に到達した。

「彼女」は異界から来た魔女だから。

つまり、これらの摩訶不思議な悪戯っぽい現象はすべて、魔女である彼女の仕業なのだ!

実は、彼女が魔女である(かもしれない)ことを仄めかすヒントが、この詩の中に隠されている。それは次のIF-THEN文だ。

if behind is in front then dirt in truth is clean


これは当然ながら『マクベス』の魔女が言う次の台詞を連想させる。

Fair is foul, and foul is fair


彼女が魔女だと仮定すると、最大の謎である次のリフレインの意味も明らかとなる。

And so it was that later
as the miller told his tale
that her face, at first just ghostly,
turned a whiter shade of pale


粉屋の話」(https://en.wikipedia.org/wiki/The_Miller%27s_Tale)を聞かされた時、なぜ彼女の顔面は蒼白となるのか。その理由は、

彼女は「どこからともなく」現れた魔女であるため、僕やその他の客と同じ共同体には所属しておらず、それらの人々とは生活様式を共有していないからだ。

彼女はエロティックな笑い話を聞かされた結果、「僕」が想像だにしなかった反応を示す。彼女は笑いもしなければ、「まぁ下品ね」などと顔を背けることもしない。彼女の幽霊(この世のものではない者)のような顔は、ただただ蒼白の度合いを増すだけなのだ。このような彼女の反応は、特定のシモがかった笑い話を共有できる共同体のメンバーである「僕」にとって、非常に不可解であり、不気味であり、かつ心底恐ろしいものなのではないか。

さて、「僕」は結局どうなったか?僕は彼女と共に海中に飛び込み、急速潜航した結果、最終的に海の底へと到達する。
つまり、「僕」は死ぬ。

重要なのでもう一度強調しておこう。

セクハラは共同体のメンバーが不可避的に抱え込んでしまう宿痾であり、共同体の内部では完治できない。この不治の病を完治するためには、人は共同体のメンバーとしては死ぬ必要がある。