私はその類(たぐい)ではない

「数」とは何か、そしてそれはどうあるべきか

Roxy Music訳詞「Always Unknowing」:今宵は星を見るのを止めておけ・目に見えるすべてのものを疑え・いつだって何も知らない

明けの明星を目で追う
だが常に動きつづけることに
意味はない

お前が知りたいことをすべて君に教えよう手に入れろ
代わりに少し私に時間をくれ
いつだって
何も知らない

世界が通り過ぎていく
世界はまさにそのように見える
いつだって
何も知らない

私の側を離れるな
常に動きつづけることに
意味はない

もう一度だけ
私にチャンスをくれ
いつだって
何も知らない

今宵は
君の視線に
ひるむ

今宵はやめておけ
お前のいつもの「(星を)見ること」を
いつだって
何も知らない

これまでも
これからも
何も知らない


Roxyの"Always Unknowing"はシングル"Avalon"のB面曲であり、私もそのタイトルに惹かれて同シングルを発売当時(1982年?)に購入した記憶がある。だが当時、レゲエのダブ風のサウンドには「おぉスゲェ」となったものの、その歌詞の意味は私にとってチンプンカンプンだった。

この歌詞の一番の難所が"Hold back tonight / With your sight"というラインであり、今野雄二氏の訳(『ブライアン・フェリー詩集 アヴァロンの彼方へ』シンコー・ミュージック刊、1987年より)では「君のため息が夜を止める」となってた。しかし、そもそも、この本に掲載されている原詩では、"tonight"を"the night"、"sight"を"sighs"と聞き間違えている。

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もしこの行が"Hold back the night / With your sighs"であれば、「君のため息が夜を止める」というベタな歌謡曲風のセリフが適切な訳となるだろう。実際、"Hold back the night”という曲(https://youtu.be/X49doPwp0bchttps://youtu.be/sN-LH7EU6z8)が存在しており、日本語でもモロに「この夜を止めて」などという歌詞があるようだ。

だが、"hold back tonight"で検索すると、その否定形である"Don't hold back tonight"というフレーズが数多くヒットする。どうやらこのフレーズは、パーティーなどで「今夜は遠慮しないでね」~「今夜はトコトン羽目を外そうぜ!」という意味で使われているらしい。このフレーズから否定形の"Don't"を取ると、「今夜はためらう、ひるむ、躊躇する」という意味になる。

さらに、この曲では明らかに、アルバム"Flesh+Blood"と同様に、「目に見えるもの」ないし「視覚」を批判的に取り上げていると思われる。明けの明星を目で追う(followする)こと、常に動き続けることに意味はない、君はあらゆることを知ろうと欲している、世界がまさに通り過ぎていくように見える(how it looks)、だがいつだって何一つ知りえることはない。だから、今宵、私は君が私に投げかける視線(sight)に躊躇する。

追記その1(2019/01/12):

この訳詞を岩谷宏氏のブログ記事(http://alga.moe-nifty.com/xor/2018/12/post-0cb2.html?cid=142300439#comment-142300439)のコメント欄に投稿したところ、岩谷氏から有益なアドバイスおよび批判をいただいた。

氏によれば、"Hold back tonight / With your sight"というラインは直訳では、

今宵は今視界にあるものだけでおとなしく満足していろ、要らざる手出しをするな。

であるとのこと。これに対して私は次のように返信した。

なるほど、敷衍すると「自らの視覚(sight)を超えて、対象物の背後に隠れている真理(とやら)を暴こうとする行為を、今宵は止めておけ」みたいな感じですかね。

なお、こちらの辞書(https://www.collinsdictionary.com/dictionary/english/hold-back)では、句動詞"hold back"が次のように定義されていました。

"If you hold back or if something holds you back, you hesitate before you do something because you are not sure whether it is the right thing to do. "

この定義を踏まえると、"Hold back tonight with your sight"というラインは、「汝の(身体に生来備わっている善悪の不確かな)視る力(sight)の行使を今宵は躊躇せよ」のようにも訳せるかなと思いました。

すると岩谷氏からは、そもそも"hold back with x"という句動詞は、「xを保つ、xに踏みとどまる」という抑制の意味であり、ここでxは動詞の目的語にはならない。それを踏まえた上で、"Hold back tonight / With your sight"は「今夜は、姿が見えるだけで我慢しろ」などと訳すのが「正解」であろうというアドバイスをいただいた。また、私の訳詩/訳詞観に関して次のような批判も頂いた。

共通的普遍的意味のある散文と違って詩は、訳が超難しかったり、不可能であることも多いです。安易に、訳せると思わない方が、正解であり礼儀です。

これに対して私は次のように返信した。

もちろん、そのような使われ方の方が一般的なのかもしれませんが、口語的な表現では、「xに関して自制(我慢)する〜xを差し控える」という意味での使われ方も一部にはあるようです。

例:Alex Trebek doesn't hold back with comments about #MeToo and how Trump would do on 'Jeopardy!'
(引用元:https://www.msn.com/en-us/tv/news/alex-trebek-doesnt-hold-back-with-comments-about-supernumbermetoo-and-how-trump-would-do-on-jeopardy/ar-BBPFBwU

訳:「Alex Trebek(アメリカのTVタレント)は、'Jeopardy!'(彼が司会する番組)で、#MeTooおよびトランプ政権についてコメントを差し控えなかった(==率直なコメントを述べた)

> 安易に、訳せると思わない方が、正解であり礼儀です。

わかりました。今後は、翻訳可能であると思われる場合には、できるだけ悪ノリを自制し、万人にわかりやすい、すっきりとした、きれいな翻訳を心がけます。


上記のコメントを同氏のブログに投稿したところ、そのコメントはスパム扱いになって掲載されなかった。余りに長いURLを<a href=>タグに埋め込んだのが悪いのか、それとも私のコメントがあまりにウザいので、同ブログを出入り禁止になったのかもしれない( ノД`)シクシク…。←今ココ

追記その2(2019/01/13):

岩谷宏氏のブログを出禁になったかも」は私の杞憂であった。問題の投稿にはヘイトスピーチと見なされる文言も含まれていないため、長大なURLを埋め込んだことがスパムとして処理された原因かと思われる。

その後、ネットを掘りまくったところ、どうやら口語表現としての"hold back with x"は、"hold back on x"と同じような意味で使われている場合が多いことが判明した。ここで、特にxが何らかの「行為」を表しているか、または何らかの行為に結びついている名詞である場合、"hold back with x"はx(という行為)を控える/自制する/躊躇する/止める」という意味になるようだ(参考:https://eow.alc.co.jp/search?q=hold+back+on)。

例1:Alex Trebek doesn't hold back with comments about #MeToo and how Trump would do on 'Jeopardy!'

試訳:「Alex Trebek(アメリカのTVタレント)は、'Jeopardy!'(彼が司会する番組)で、#MeTooおよびトランプ政権についてコメントすることを差し控えなかった(==躊躇なく率直にコメントした)

例2:Keane doesn't hold back with his criticism of Liverpool's Moreno
試訳:「Keane(サッカー選手)は、リバプールのMorenoに対する彼の批判を隠さなかった(==批判することを躊躇しなかった、躊躇なく批判した)

Please don't hold back with your comments
試訳:「あなたのコメント(を投稿する行為)を差し控えないでください(==遠慮なくコメントしてください)

Mario Basler did not hold back with his praise for Pep Guardiola & Co. this season
試訳:「Mario Baslerは、今シーズンのPep Guardiolaとそのチームに対する称賛を惜しまなかった(==称賛することを躊躇しなかった)

どうも"hold back with x"は否定形で使われることが多いようだ。肯定形の例はないかと探したら、次のものが見つかった。

Will you now hold back with your criticism and praise his music so he can be happy?
試訳:「もう批判するのは止めて、彼がハッピーになれるように、皆で彼の音楽を称賛しようじゃないか。

さて、"Hold back tonight with your sight"というラインの分析に戻ろう。ここで"sight"を漠然とした「見ること」ではなく、「(光学機器などを使って)観測すること」だと解釈してみよう。

この解釈は突飛なものではなく、むしろこの詩の文脈からすると、とても自然なものだ。なぜなら、この詩は「開けの明星を(目で)追う」(Following the morning star)で始まっているのだから!当然ながら、大抵の場合、「星を目で追うこと」は肉眼ではなく天体望遠鏡を使って行われるのであり、それは通常、「観測」と呼ぶにふさわしい行為だ。

これらを踏まえると、"Hold back tonight with your sight"は次のように訳すことが可能だ。

今宵は観測を控えろ


すなわち、この詩の語り手は、毎夜習慣的に星の観測を行っているのだが、惑星の運動に関して何の意味も見出すことができず、彼は「自分が常に無知である」と感じている。そのような境地の中で、彼は自分自身に向かって次のように語りかける。

お前が毎夜習慣的に行っている星の観測
(という行為)を今宵は止めておけ